パリにいても東北三県の旅 2 2012年4月 3日
もはや「福島」という言葉は国際語になってしまった。悔しいが、ネガティブな意味で「Fukushima」と言い放たれることが多い。そしてそれはわたしの怒りの導火線に火をつけることになる。相手かまわず全力で抗議するというみだらな行為は、フランスで身に付けてしまった。唾と手指さばきも大事なアイテムである。見栄を張るのは歌舞伎から学んだ。そう、震災直後、第一回目の発火があった。医療メーカーのサロンのカクテルで巻きずしのデモンストレーションをしていた時であった。来るのは病院関係、ドクターであるのに関わらず、命の尊さを無視する発言があったのだ。
男「(きゅうりを見ながら)これって、まさかFukushimaから来てないよね」
私「......(点火開始)」
ただのきゅうりがわざわざ日本から輸入されているというのは、農業国フランスをも冒涜する発言であり、明らかにただその地名を使い、災害を高み見物するという冷酷かつ卑劣な姿勢だ。
男「もうダメだろうね、あそこは」
私「それ、本気で言っていますか? その前に地震での何千万の死者や行方不明者のことを考えていますか。私はつらい、生まれた国です。 Vous devez avoir honte ! (恥を知れ!)」
男「*****!(何か言っていたが爆音で聞こえない)」
私「そんなに心配なら、これらを食べていただかなくて結構です。ただ私はあなたのことを、死者を馬鹿にしたあなたのことは納得できません、さようなら(手で出口を示す)」
そして私は裏で涙が出そうになるが、海外で震災を通して生きるというのは、そんな心無い輩と戦っていく、ということなのだ、と心の中のまわしを締め直し、腹を叩いて再び表に出たものだ。考えてみればなにも原発にまつわる論争はしていないのだが、日本の現状にせめて哀悼の意を示してほしかった。つまりデリカシーのない人間は嫌なのだ。その後私の火薬庫は在庫を残し、そろそろ鍵をかけようとしていたが、また最近持ち出しが緊急発生してしまった。それは、三月のパリ農業見本市での農水省主催の日本食品ブースでのことだった。私は広島県の日本酒の販売に携わっていたのだが、横の乾物売り場にふと近づいてくるあやしげな老女がいた。私が相手をしたのは、彼女とって幸運だったのか......
婆さん「どうせここにあるものすべて、放射能浴びているんでしょ」
私「(堪忍袋の緒が切れ、発火しだすが笑顔で)まあ! ご存じありませんか? フランスは日本の輸入品を徹底的に汚染されているか調べています。ここにあるのはそれをパスしたものです。だからある意味100%安全だ、とも言えるのです。マダムはあなたの国、フランスさえも信じられないのですか?」
婆さん「いいえ、絶対被ばくしている、ごまかされている、怖い怖い!」
私「ありえない! その無駄な疑念、怖いのは私のほうです。あなたを憐れみます」
婆さん「勝手に憐れめ!(と立ち去る)」
私「(完全爆発)Merci! 日本をこんなに好きになってくれてホントにありがとう! XXXXX !
(罵り言葉、とても書けない)」
ババアは人ごみに紛れていったが、そもそもそんなくだらないことをわざわざ言いに来たその意地悪さは許せるものではない。動物病院の待合室に殴りこんで、「どうせあんたらのペットの寿命はヒトより短いのだから!」と言い放つようなものだ。意味がわからない。しかし安心していただきたい、友人、仕事の仲間、お客さんからは日本に対して数えきれないほどの温かい気持ちを伝えられた。これらを祖国にさらに伝達することは私たちの役目である。
さて福島県郷土料理の会をするにあたって、調べていくうちに福島の料理というのは一言では語れないということに気が付いた。会津地方、中通り、浜通りと料理もばらばらで、人に聞いても同じ県ではあるのに、別の地方の料理は知らない、という答えが多かったのだ。全体に共通する名物がない、福島県という湖にたくさんの小島がちらばり、船をこいで島に上陸すると食堂が旅人を迎えるといったところか。ガイドには中でも「喜多方ラーメン島」が一番大きい島で関所も兼ねる、と書いてあるのか。ならば、フランスから巨大客船で乗り込んでみよう。先にワインは積んであるから、飲みたいワインからも献立を組み立てられるのだ。

男「(きゅうりを見ながら)これって、まさかFukushimaから来てないよね」
私「......(点火開始)」
ただのきゅうりがわざわざ日本から輸入されているというのは、農業国フランスをも冒涜する発言であり、明らかにただその地名を使い、災害を高み見物するという冷酷かつ卑劣な姿勢だ。
男「もうダメだろうね、あそこは」
私「それ、本気で言っていますか? その前に地震での何千万の死者や行方不明者のことを考えていますか。私はつらい、生まれた国です。 Vous devez avoir honte ! (恥を知れ!)」
男「*****!(何か言っていたが爆音で聞こえない)」
私「そんなに心配なら、これらを食べていただかなくて結構です。ただ私はあなたのことを、死者を馬鹿にしたあなたのことは納得できません、さようなら(手で出口を示す)」
そして私は裏で涙が出そうになるが、海外で震災を通して生きるというのは、そんな心無い輩と戦っていく、ということなのだ、と心の中のまわしを締め直し、腹を叩いて再び表に出たものだ。考えてみればなにも原発にまつわる論争はしていないのだが、日本の現状にせめて哀悼の意を示してほしかった。つまりデリカシーのない人間は嫌なのだ。その後私の火薬庫は在庫を残し、そろそろ鍵をかけようとしていたが、また最近持ち出しが緊急発生してしまった。それは、三月のパリ農業見本市での農水省主催の日本食品ブースでのことだった。私は広島県の日本酒の販売に携わっていたのだが、横の乾物売り場にふと近づいてくるあやしげな老女がいた。私が相手をしたのは、彼女とって幸運だったのか......
婆さん「どうせここにあるものすべて、放射能浴びているんでしょ」
私「(堪忍袋の緒が切れ、発火しだすが笑顔で)まあ! ご存じありませんか? フランスは日本の輸入品を徹底的に汚染されているか調べています。ここにあるのはそれをパスしたものです。だからある意味100%安全だ、とも言えるのです。マダムはあなたの国、フランスさえも信じられないのですか?」
婆さん「いいえ、絶対被ばくしている、ごまかされている、怖い怖い!」
私「ありえない! その無駄な疑念、怖いのは私のほうです。あなたを憐れみます」
婆さん「勝手に憐れめ!(と立ち去る)」
私「(完全爆発)Merci! 日本をこんなに好きになってくれてホントにありがとう! XXXXX !
(罵り言葉、とても書けない)」
ババアは人ごみに紛れていったが、そもそもそんなくだらないことをわざわざ言いに来たその意地悪さは許せるものではない。動物病院の待合室に殴りこんで、「どうせあんたらのペットの寿命はヒトより短いのだから!」と言い放つようなものだ。意味がわからない。しかし安心していただきたい、友人、仕事の仲間、お客さんからは日本に対して数えきれないほどの温かい気持ちを伝えられた。これらを祖国にさらに伝達することは私たちの役目である。
さて福島県郷土料理の会をするにあたって、調べていくうちに福島の料理というのは一言では語れないということに気が付いた。会津地方、中通り、浜通りと料理もばらばらで、人に聞いても同じ県ではあるのに、別の地方の料理は知らない、という答えが多かったのだ。全体に共通する名物がない、福島県という湖にたくさんの小島がちらばり、船をこいで島に上陸すると食堂が旅人を迎えるといったところか。ガイドには中でも「喜多方ラーメン島」が一番大きい島で関所も兼ねる、と書いてあるのか。ならば、フランスから巨大客船で乗り込んでみよう。先にワインは積んであるから、飲みたいワインからも献立を組み立てられるのだ。

<福島県郷土料理とワインの会 献立>
隠れ定番 いかにんじん
会津のこづゆ 浜通りのカニめし
喜多方風 焼きチャーシュー山椒味噌添え ばっばのみそかんぷら
白桃果汁のももかりん糖

北海道の松前漬けの原点ともいえる「いかにんじん」は是非作ってみたかった。松前、かつての城下町に本州から伝えられた料理なのかどうか、幕末に隠れたグルメ歴史の一幕なのか、さあ酒でも飲んで語ろうではないか。だがワインである。そしてスルメである。いきなり難関である。日本のいわゆる乾物や、珍味といわれるものに合うワインはほぼないと言って等しい。皆さんはさきいかや塩辛を食べた後にワインを飲んだことがあるだろうか? そのたとえようのない、不都合で苦しみさえ覚える味わいは拷問のアイテムとしても使いたいところだ。嫌な奴の口をこじ開けて、珍味とワインを放りこみ、ガムテープでふさぐのだ。しかし素晴らしき食の世界にはかならず解決法がある。ワインでも酒精強化ワインはどうだろう。とりわけ、たこ、いか、乾物を多く消費するスペインのあの酒、シェリーという素晴らしい銘酒があるではないか。お醤油といかの濃い味に答えてくれるよう、オロロッソ、つまり中甘、そして12年もののシェリーが、福島の料理と出会ったのである。独特の芳香とナッツ類のような香ばしさとコクある酒は、いかにんじんをアンダルシアのタパス料理に加え、参加者の皆さんはフラメンコを踊りだす勢いだ。

次は福島のガスパチョ、「こづゆ」、福島浜通りのパエリヤ「カニめし」である。あれ、いつのまにかスペイン仕様になっている。「こづゆ」恐るべし、ただの汁物だとあなどっていたら、これに一番手間がかかった。まず出汁が違う。乾燥ほたての貝柱を一昼夜水につけ、これがそのまま味のベースになるのだ。これにごぼう、しいたけ、里芋、こんにゃくなどを入れるのだが、それぞれの具材をきれいなサイコロ状に切ることが肝心なのだ。味付けはごく控えめに、具と出汁そのままのアンサンブルを味わう料理である。そしてカニめしは、浜通り。心を込めて炊き上げた。「ならぬものはならぬのです」この白虎隊の掟は今、おそらく日本の不特定多数の誰かに思いっきり叩きつけたい言葉である。そう、そしてビシッと背筋をのばす効果がある、さわやかでいい酸味と素直な旨みを持ったアルザスのSylvaner シルヴァネール品種のワインがお供した。サッと風が吹くようだ、私たちの願いを東北まで運んで行ってほしい。アルザスのコウノトリよ、日本の赤ちゃんたちに健康を届けよ!


喜多方ラーメンもいいが、酒飲みにはラーメンはちと早い。ここはチャーシューをつまみにぐいと飲みたいところ。流行りのとろとろチャーシューではなく、しっかり噛みごたえ感がある方を好きな人は、確実に酒をたしなんでいるお方だろう。つまり晩酌とは舌の上でアルコール入り液体と固体が織りなすリズムをつかさどることである。酒飲みは名指揮者であり、同時にそれを聴くただ一人の観客なのだ。題名のない音楽飲み会なのだ。その旋律の完成度にほぉーとため息をつくこともあるだろう、首が自然に振られる時もあるだろう、そしてあまりの旨さに飛び上がることもあるだろう(佐渡裕さん風に)。そう、だからチャーシューは長時間たれに付けてから、じっくり低温で焼き上げた。弾力がある肉片は旨みがたっぷり残っている。

噛み切って食道を通過したところに、Languedoc ラングドックの自然派ワインが、どっしりした果実味と草原のようなかぐわしさをもって追いかけてくるだろう。そこに「みそかんぷら」が登場する。小ぶりのじゃがいもを炒め、甘みそだれにからめた家庭料理である。みそってやっぱりワインに合う。発酵小惑星の大事な住人同士だからだ。そこからはピンクの大惑星が浮かんで見える。桃だ! 福島県は桃生産量日本第二位。家族に頼んで持ってきてもらった福島銘菓「ももかりん糖」。サクサク桃をほおばり、Anjou アンジュの甘口ロゼの1972年の露を浴びて、ソワレは終わった。

道南出身の私にとって実は福島というのは、青函トンネルの町、千代の富士の町、北海道の福島町なのだが、東北の「Fukushima」は大名料理、おばあちゃん料理、農家の技が集う実に興味深い、味わいたっぷりの県である。これはやはり旅をしてみたい。そして真心が自然にこもってあふれんばかりのお料理をいただくのだ。最後に、「はらくっちくなったか(おなか一杯になった)?」とおばあちゃんに言われてみたい。そしてお返しにフランス旅行をプレゼントする気合いでお礼をお伝えしたい。お礼と、そして「どうか以前より幸せになってほしい」、と。フランスはもとより、世界中の人が同じ気持ちで見守っている、ということを。

パリで「書籍展示会」というのがあり、大江健三郎さんが講演した。これから日本人には正しい秩序をただまっとうに守り抜くことが必要である、ということをおっしゃっていた。正しいことを正しく行い、間違っていることを間違っていると言うことは普通のこと、それをやり遂げて生活してゆくのだ。まさに「ならぬものはならぬのです」。この名言が育った福島県に敬礼。
会津のこづゆ 浜通りのカニめし
喜多方風 焼きチャーシュー山椒味噌添え ばっばのみそかんぷら
白桃果汁のももかりん糖

北海道の松前漬けの原点ともいえる「いかにんじん」は是非作ってみたかった。松前、かつての城下町に本州から伝えられた料理なのかどうか、幕末に隠れたグルメ歴史の一幕なのか、さあ酒でも飲んで語ろうではないか。だがワインである。そしてスルメである。いきなり難関である。日本のいわゆる乾物や、珍味といわれるものに合うワインはほぼないと言って等しい。皆さんはさきいかや塩辛を食べた後にワインを飲んだことがあるだろうか? そのたとえようのない、不都合で苦しみさえ覚える味わいは拷問のアイテムとしても使いたいところだ。嫌な奴の口をこじ開けて、珍味とワインを放りこみ、ガムテープでふさぐのだ。しかし素晴らしき食の世界にはかならず解決法がある。ワインでも酒精強化ワインはどうだろう。とりわけ、たこ、いか、乾物を多く消費するスペインのあの酒、シェリーという素晴らしい銘酒があるではないか。お醤油といかの濃い味に答えてくれるよう、オロロッソ、つまり中甘、そして12年もののシェリーが、福島の料理と出会ったのである。独特の芳香とナッツ類のような香ばしさとコクある酒は、いかにんじんをアンダルシアのタパス料理に加え、参加者の皆さんはフラメンコを踊りだす勢いだ。

次は福島のガスパチョ、「こづゆ」、福島浜通りのパエリヤ「カニめし」である。あれ、いつのまにかスペイン仕様になっている。「こづゆ」恐るべし、ただの汁物だとあなどっていたら、これに一番手間がかかった。まず出汁が違う。乾燥ほたての貝柱を一昼夜水につけ、これがそのまま味のベースになるのだ。これにごぼう、しいたけ、里芋、こんにゃくなどを入れるのだが、それぞれの具材をきれいなサイコロ状に切ることが肝心なのだ。味付けはごく控えめに、具と出汁そのままのアンサンブルを味わう料理である。そしてカニめしは、浜通り。心を込めて炊き上げた。「ならぬものはならぬのです」この白虎隊の掟は今、おそらく日本の不特定多数の誰かに思いっきり叩きつけたい言葉である。そう、そしてビシッと背筋をのばす効果がある、さわやかでいい酸味と素直な旨みを持ったアルザスのSylvaner シルヴァネール品種のワインがお供した。サッと風が吹くようだ、私たちの願いを東北まで運んで行ってほしい。アルザスのコウノトリよ、日本の赤ちゃんたちに健康を届けよ!


喜多方ラーメンもいいが、酒飲みにはラーメンはちと早い。ここはチャーシューをつまみにぐいと飲みたいところ。流行りのとろとろチャーシューではなく、しっかり噛みごたえ感がある方を好きな人は、確実に酒をたしなんでいるお方だろう。つまり晩酌とは舌の上でアルコール入り液体と固体が織りなすリズムをつかさどることである。酒飲みは名指揮者であり、同時にそれを聴くただ一人の観客なのだ。題名のない音楽飲み会なのだ。その旋律の完成度にほぉーとため息をつくこともあるだろう、首が自然に振られる時もあるだろう、そしてあまりの旨さに飛び上がることもあるだろう(佐渡裕さん風に)。そう、だからチャーシューは長時間たれに付けてから、じっくり低温で焼き上げた。弾力がある肉片は旨みがたっぷり残っている。

噛み切って食道を通過したところに、Languedoc ラングドックの自然派ワインが、どっしりした果実味と草原のようなかぐわしさをもって追いかけてくるだろう。そこに「みそかんぷら」が登場する。小ぶりのじゃがいもを炒め、甘みそだれにからめた家庭料理である。みそってやっぱりワインに合う。発酵小惑星の大事な住人同士だからだ。そこからはピンクの大惑星が浮かんで見える。桃だ! 福島県は桃生産量日本第二位。家族に頼んで持ってきてもらった福島銘菓「ももかりん糖」。サクサク桃をほおばり、Anjou アンジュの甘口ロゼの1972年の露を浴びて、ソワレは終わった。

道南出身の私にとって実は福島というのは、青函トンネルの町、千代の富士の町、北海道の福島町なのだが、東北の「Fukushima」は大名料理、おばあちゃん料理、農家の技が集う実に興味深い、味わいたっぷりの県である。これはやはり旅をしてみたい。そして真心が自然にこもってあふれんばかりのお料理をいただくのだ。最後に、「はらくっちくなったか(おなか一杯になった)?」とおばあちゃんに言われてみたい。そしてお返しにフランス旅行をプレゼントする気合いでお礼をお伝えしたい。お礼と、そして「どうか以前より幸せになってほしい」、と。フランスはもとより、世界中の人が同じ気持ちで見守っている、ということを。

パリで「書籍展示会」というのがあり、大江健三郎さんが講演した。これから日本人には正しい秩序をただまっとうに守り抜くことが必要である、ということをおっしゃっていた。正しいことを正しく行い、間違っていることを間違っていると言うことは普通のこと、それをやり遂げて生活してゆくのだ。まさに「ならぬものはならぬのです」。この名言が育った福島県に敬礼。
